廃用性筋萎縮と不活動期間の関係 -the impact of inactivity period on disuse-induced muscle atrophy-
みなさんこんにちは。
今回は、廃用性筋萎縮のメカニズムに対する不活動期間の影響について「Skeletal muscle atrophy during short-term disuse: implications for age-related sarcopenia. Wall BT, 2013」を参考にまとめました。
少し長くなってしまったので、廃用性筋萎縮の概要だけ確認した方は下記の記事をご参照ください。
【まとめ】廃用性筋萎縮ってなに
今回は廃用性筋萎縮について簡潔にまとめました。
Table of Contents
1. 廃用性筋萎縮とは
2. 長期的な不活動による廃用性筋萎縮
3. 短期的な不活動による廃用性筋萎縮
4. まとめ
1. 廃用性筋萎縮とは
過度な安静や活動量の低下によって生じた筋萎縮は廃用性筋萎縮と呼ばれます。廃用症候群には、一定の診断基準がありません。それまで出来ていたことができなくなったり、動きにくくなった場合には、廃用症候群が生じている可能性があります。
過去記事(廃用による骨格筋の変化)もご参照ください。
不活動期間に急激な骨格筋の減少が生じることで、身体機能や筋力の低下、インスリン抵抗性の発現、基礎代謝量の低下、体脂肪の増加など様々な健康上の問題が惹き起こされます。
また、病気の間に生じる骨格筋量の減少量は、入院期間やその後のリハビリの必要性の予測因子になると考えられています。
廃用性筋萎縮に関する研究は数多く行われており、研究の観察期間はそれぞれの研究で大きく違っていることが多いようですが、研究期間が異なることで観察される現象にも特徴が出るようです。
たとえば、研究期間が10日間以上長期的な研究では、筋萎縮のピークが過ぎた時点で骨格筋の評価をしている可能性があるため、筋萎縮を過少評価しているかもしれないと指摘されています。
さらに観察期間を年単位に延ばして人生全体で筋萎縮を観察すると、加齢による骨格筋量の減少(サルコペニア)について考えることができます。(廃用性筋萎縮とは違うメカニズムですが...)
反対に、10日以下の短期間の研究は、筋萎縮のピークを捉えられる可能性があり、生理的なメカニズムについてシンプルに理解する上で有用と考えられています。
また、ヒトを対象とした研究とネズミなどの動物を用いた研究では、筋萎縮の特徴が微妙に違うようなので、論文をご覧になる際は少し注意してみるといいかもしれません。
2. 長期的な廃用性筋萎縮について
ここ100年程で行われたヒトを対象とした廃用性筋萎縮の研究では、ベッドレストや関節固定が一般的な廃用モデルとして使用されており、10~42日間の不活動期間で1日あたり0.5~0.6%の骨格筋量の減少が生じ、筋力は1日あたり0.3~4.2%減少したと報告されています。骨格筋量と比較して筋力低下生じやすいのは、廃用によって神経・筋の機能低下が生じることが原因と考えられています。
骨格筋量のターンオーバーは1日あたり1~2%程度で、筋萎縮は筋タンパク質の合成・分解のバランスが崩れた結果生じると考えられています。
つまり、筋タンパク質合成の減少、または、筋タンパク質分解の増加、もしくは、筋タンパク質合成の減少と分解の増加、が起こっている場合に骨格筋量の減少が生じます。
1987年にGibsonらは、若年者を対象に膝関節の関節固定を最大40日間行い、筋タンパク質合成が約26%減少したことを報告しました。
筋タンパク質の分解系の不活動時の変化については、包括的なデータが不足しているそうですが、実験動物を用いた廃用性筋萎縮の先行研究において、筋タンパク質合成の減少とともに筋タンパク質分解の増加が生じたことが報告されています。
また、廃用性筋萎縮には筋タンパク質分解が関与していないと結論づけている論文もいくつかあるようです。
しかし、筋タンパク分解の転写調整に関わる因子であるMAFbxやMuRF1、FOXO1、20Sプロテアソームなどの発現は10~21日の不活動によって増加することが報告されていたり、マイクロアレイを用いた研究で14日間の関節固定で筋タンパク分解因子が増加したことも報告されています。
長期的な廃用性筋萎縮は、筋タンパク質合成が低下することで惹き起こされており、筋タンパク質分解がどの程度関与するかは明確にされていないのが現状のようです
ヒトを対象とした研究では、臨床的な理由から夜間は絶食の状態で筋タンパク質のターンオーバーを測定していることがほとんどです。
しかし、日々の筋タンパク質代謝は栄養に大きく影響を受けて変化しています。
タンパク質やアミノ酸の摂取は、筋タンパク質合成を促進し、筋タンパク分解を抑制することが報告されています。
食後の筋タンパク質合成は、主に血中アミノ酸濃度が増加することによって促進されるといわれており、アミノ酸の中でも特にロイシンによって促進されます。
筋タンパク質の合成と分解は昼夜を問わず続いていますが、食後には合成が促進されて分解は抑制され、食間の空腹時には合成が減少して分解が亢進します。
この合成と分解のサイクルが繰り返され続けるので、食後の合成量を増やすことと空腹時の分解量を減らすことが骨格筋量を保つうえで重要になります。
加齢や運動不足、炎症性サイトカインの増加などによって筋タンパク質の合成抵抗性(anabolic resistance)が生じると、食後の筋タンパク合成が減少ため長い目でみるとサルコペニアのきっかけになると考えられているようです。
Drummondらの研究では、7日間のベッドレストによって高齢者の筋タンパク合成量は最大で35%減少することが報告されています。
癌悪液質や重症疾患によって生じる骨格筋量の減少には、炎症や腫瘍などによる影響も確かにありますが、身体活動量の減少も関わっていると考えられています。
加齢に伴って身体活動量が減少することは多く報告されていますが、身体活動量を増やせば摂取したタンパク質の利用が増加すると考えられており、若年者では運動後24時間は筋タンパク質合成の効果が続くことも報告されています。
つまり、高齢者の筋タンパク合成が減少するのは、単純に身体活動量が減少することが原因になっている可能性があります。
廃用による骨格筋量の減少は、様々な健康上の問題を惹き起こしますが、特に高齢者では問題になりやすいです。
既に身体機能が低下している高齢者にとっては、廃用による少量の骨格筋の喪失でも健康上に大きな問題が生じる可能性があります。
病気の間に生じる筋萎縮の程度は、高齢者の入院期間やその後のリハビリ期間の予測因子となることが知られています。
また、骨格筋量の減少は、転倒や骨折のリスクとなることも報告されています。
Fiataroneらの研究によると、大腿骨骨折患者の71%がサルコペニアだったそうです。
大腿骨骨折は移動能力やQOLを損なう要因であるだけでなく死亡率とも強く関連していて、高齢の大腿骨骨折患者の約34%が術後1年で死亡することが報告されています。
3. 短期的な廃用性筋萎縮について
Fisherらの報告によると、急性疾患によって入院した高齢者の入院期間は5~6日間でした。また、入院に至らない程度の軽症の怪我や病気であっても、1週間程度は自宅での安静が必要になることがあります。
こうした短期間の不活動においても廃用性筋萎縮が生じている可能性はあります。
筆者らは、高齢者を対象に5日間の関節固定を行い、大腿四頭筋の面積が1.5%減少したことを観察しました。
これを単純に全身の骨格筋量に換算すると、たったの5日間で1kg程度の骨格筋量が失われた計算になるそうです。
しかも、ヒトや動物を対象にした研究によって高齢になると失った骨格筋を完全に取り戻すことが難しくなることが報告されています。
廃用性筋萎縮後のリハビリにおける加齢の影響についての記事(廃用性筋萎縮と加齢の関係)もご参照ください。
サルコペニア(加齢による骨格筋の喪失)は1年あたり0.5~1.0%のペースで進むと言われていますが、これに廃用性筋萎縮が重なれば、さらに骨格筋量の減少が進んでしまうことが予想されます。
廃用性筋萎縮の進行のピークは不活動期間の初期に生じている可能性がいくつか報告されているようです。
Whiteらは、2週間の関節固定による廃用性筋萎縮を観察し、最初の1週間で既におおよその萎縮が起きていたと報告しています。
また、MRIやDEXAを用いた研究でも、7~10日間の関節固定やベッドレストで3~12%の骨格筋量の減少が生じたと報告しており、Suettaらの研究では若年者・高齢者ともに4日間の関節固定で最大10%の筋線維横断面積の減少が生じたと報告しています。
Leblancらの研究では17週間の不活動で1日あたり0.1%の骨格筋量の減少が生じていましたが、PhillipsやWallらの研究では10~42日間の不活動で1日あたり0.5~0.6%の骨格筋量の減少が生じていました。
つまり、廃用性筋萎縮は主に不活動期間の初期に急速に生じている可能性が考えられます。
マイクロアレイを用いた解析によると、若年男性に関節固定を行うと14日目では筋タンパク質の合成系の活性が低下していましたが、2日目では変化が見られませんでした。
しかし、Ursoらは若年男性の2日間の不活動によってmTOR/p70S6Kの上流にあるAkt(protein kinese B)のリン酸化が著明に低下していたと報告しており、Suettaらは1~4日間の不活動後にAktやp70S6Kのリン酸化が減少したことを、Tjaderらは術後24時間での筋タンパク合成量が減少したことを報告しています。
以上のことから、不活動期間の2~4日目くらいから筋タンパク質合成量が減少し始めるのではないかと考えられています。
短期的な不活動期間における筋タンパク質分解についての研究は少ないため、不活動期間の早期に生じる筋タンパク質分解系の変化については明らかになっていないらしく、廃用性筋萎縮における筋タンパク分解の主要経路であるユビキチン・プロテアソーム系の活性は、2~4日間の不活動期間では必ずしも活性化するわけではないという曖昧な状態にあるようです。
つまり、短期的な不活動期間で生じる廃用性筋萎縮は、不活動に素早く反応して生じる筋タンパク質合成の減少と、それに付随するか瞬間的に増加する筋タンパク質分解によって惹き起こされているようです。
4. まとめ
10日間以上の長期的な不活動による廃用性筋萎縮は、筋タンパク質合成の減少によって生じ、筋タンパク質分解はそれほど関与していないようです。一方、10日間以下の短期的な不活動による廃用性筋萎縮は、特に筋萎縮の初期には筋タンパク合成の減少と筋タンパク分解の両方が関与している可能性があるようです。
高齢者に生じる廃用性筋萎縮は、転倒や骨折、死亡のリスクになる可能性があります。
短期的な廃用性筋萎縮であっても、長期的にみると加齢によるサルコペニアの進行を促進している可能性があります。
いかがでしたか。
一口に「廃用性筋萎縮」と言っても、時期によって骨格筋量が減る原因が変わってくるようです。
まだまだメカニズムが解明されていないようですので、不活動の期間ごとにどのように介入方法を変えればいいのかはわかりませんが、安静にしたらすぐに廃用が生じるということは知っておく必要がありそうですね。
原著は無料ダウンロードではないですが、Abstractは確認できます。
ダウンロードできる方は、Tableに不活動期間と筋萎縮や筋力低下の程度が示されているのでご確認ください。
PubMed:Skeletal muscle atrophy during short-term disuse: implications for age-related sarcopenia.