EWGSOP2によるサルコペニアの定義の改定 Revised European Consensus of Sarcopenia--


みなさんこんにちは。

当ブログではサルコペニアに関連する内容を何度か取り上げてきましたが、先日EWGSOPによるサルコペニアの定義が更新されましたので、「Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosis. Cruz-Jentoft AJ. 2018」の内容をまとめてみようと思います。

今回はちょっと長いです。


Table of Contents



1. はじめに 

European Working Group on Sarcopenia in Older People (EWGSOP) が前回のサルコペニアの定義を発表したのは2010年のことです。

参考:EWGSOPによるサルコペニアの定義
Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Cruz-Jentoft AJ. 2010

この発表によって世界的にサルコペニアの定義やリスクがひろく知られることとなり、サルコペニアに対する関心が高まるきっかけになったと思います。

EWGSOPだけでなく世界中の専門家たちがサルコペニアの定義を発表しており、サルコペニアはICD-10において骨格筋の疾患として正式に登録されました。

2010年の発表からサルコペニアに関する研究が数多く行われたこともあり、2018年はじめからEWGSOPはサルコペニアの定義を改定するために再び集まりました(EWGSOP2)。


2. サルコペニアと健康リスク 

サルコペニアは転倒や骨折のリスクと関連することが報告されており、日常生活活動動作(ADL)能力を損ねるリスクになることが知られています。

また、サルコペニアは心疾患や呼吸器疾患、認知症などの各種疾患のリスク因子であることも報告されており、移動能力が低下し、日常生活での活動範囲が限定されていきます。

さらに、サルコペニア状態になると生活の質(QOL)が損なわれたり、病気にかかると入院が長期化したり死亡するリスクが高まると言われています。

医療費の観点からみても、サルコペニアが高齢者の医療費を高めるリスク因子であることが報告されています。





3. サルコペニアの旧定義と研究・臨床の乖離 

これまで、サルコペニアは加齢に伴う骨格筋量の減少という認識があり、高齢者に生じるというイメージが強かったですが、近年の研究ではライフスパンの早期から生じることが知られており、加齢以外にもサルコペニアを惹き起こす要因があることが報告されています。

参考:握力の経時的変化
Grip strength across the life course: normative data from twelve British studies. Dodds RM. 2014
参考:出生時体重とサルコペニアの関係
Does sarcopenia originate in early life? Findings from the Hertfordshire cohort study. Sayer AA. 2004

また、サルコペニアは骨格筋の疾患であることは間違いありませんが、最近では筋力の方が骨格筋量よりもサルコペニアを診断するうえで重要な要因であると捉えられるようになってきました。

技術的に難しいことから臨床的にはあまり用いられていませんが、サルコペニアの指標のひとつとして骨格筋の量と質の評価がサルコペニア研究では用いられることが増えてきており、量と質を評価することの重要性が注目されつつあります。

参考:超音波画像による骨格筋の量と質の評価(当ブログ)
サルコペニアとダイナペニア

また、サルコペニアの発現にはいくつもの要因が複雑に関与しているため、どのような指標を用いて診断し、どのように治療効果を評価すればよいかわからず、サルコペニア自体がメインの治療対象になることは少なかったかと思います。

上記のようなこれまでの定義と新たな知見とのギャップや臨床的な問題点を踏まえて、EWGSOP2はサルコペニアの定義を改定しました。


4. サルコペニアの新たな定義 

前回のEWGSOPの定義では、それまで骨格筋量のみで判断されていたものに身体機能を追加した点で大きな変化がありましたが、今回のEWGSOP2の改定では骨格筋量よりも筋力を最も重要な項目とした点が注目すべきポイントです。

この変更には骨格筋量よりも筋力の方がアウトカムの良い予測因子となることが報告されていることが考慮されているようです。

また、サルコペニアでは骨格筋の量だけでなく質も低下することが報告されていることから、今回の改定で骨格筋の質の評価も追加されました。

さらに、身体機能の低下も不良な治療成績と関連することから、サルコペニアの程度を測るために用いられることになっています。

改定されたサルコペニアの評価項目は以下の通りです。

1. 筋力の低下
2. 骨格筋量または質の低下
3. 身体機能の低下


そして、新しい定義は以下の通りです。


・筋力の低下があればサルコペニアの疑い
・筋力低下があり、骨格筋量または質の低下の両方があればサルコペニア
・筋力低下、骨格筋量または質の低下、身体機能の低下のすべてがあれば重度のサルコペニア





5. サルコペニアの評価方法 

サルコペニアの評価方法として以下のものが推奨されています。

a. SARC-F questionnaire

SARC-Fとは、1.荷物の持ち運び、2.部屋内の移動、3.椅子・ベッドかの移動、4.階段10段の昇段、5.過去1年の転倒歴の5項目で評価される質問紙評価です。

参考:SARC-Fによるサルコペニア患者の身体機能の予測
SARC-F: a symptom score to predict persons with sarcopenia at risk for poor functional outcomes. Malmstrom TK. 2016

SARC-Fによる筋力低下の予測は、低~中等度の感度と高い特異度があると報告されています。

SARC-Fでは、特に重度の症例を見つけられる場合が多いそうです。つまり、軽度の場合は見逃してしまうかもしれませんね。

また、サルコペニアのスクリーニングの方法として、千葉県柏市で行われた大規模高齢者コホート調査である柏スタディで用いられた方法も推奨されています。

参考:サルコペニアの簡易スクリーニング
Development of a simple screening test for sarcopenia in older adults. Ishii S. 2014

b. 筋力評価 

筋力の評価にはこれまで通り握力の測定が推奨されています。

また、下肢筋力の指標として椅子立ち上がりテストが新たに推奨されています

ここでは、椅子から5回立ち上がるまでにかかった時間(SS-5)が計測されます。

別法として30秒間での立ち座りの回数を計測する方法(CS-30)も推奨されています。

c. 骨格筋量の評価 

骨格筋量の評価はこれまで通りDXA(Dual-energy X-ray absorptiometry)やCT、MRI、BIA(Bioelectrical impedance analysis)法が推奨されています。

骨格筋量の指標としては、 全身の骨格筋量であるSMM (total body Skeletal Muscle Mass)四肢の骨格筋量であるASM(Appendicular Skeletal Muscle Mass)が知られています。

骨格筋量は体格と関連があるため、身長やBMIで補正したASM/height²ASM/weightASM/BMIなどが用いられる場合もあるようですが、筆者らはこれらの補正は推奨していないようです。

(※「推奨しない」とは「not recommendation」なので、「使わない方がよい」の意味ではないと思います。)

d. 骨格筋の質の評価 

骨格筋の質は新たに追加された評価で、構造・構成要素のミクロ、マクロでの変化の評価や骨格筋1ユニットあたりの機能を評価することを目的としています。

質の指標として骨格筋内の脂肪の蓄積があり、脂肪量が増えると筋機能が低下することが知られています。

また、骨格筋量と筋力の比も質の指標として使用される場合があるそうです。

しかしながら、質の評価方法については国際的なコンセンサスが得られていないのが現状のようです。

e. 身体機能評価 

身体機能は、移動に関連した全身的な機能を客観的に評価する目的で用いられてきましたが、中枢神経や末梢神経、バランス、認知機能など様々な要因が関与しているので、筋力以外の要因も多分に関わっているということを考慮しなければいけないかもしれません。

評価方法としては、これまでと同様に歩行速度やSPPB(short physical performance battery )が推奨されています。

また、今回から新たに400m歩行テストとTUG(timed-up-and-go test)が推奨されています

f. CTでの大腰筋測定 

これまで大腰筋の面積や体積がサルコペニアの指標として一般的に使用されてきましたが、大腰筋自体はマイナーな筋であり、一部の専門家はサルコペニアを評価できていないと指摘しているそうです。

e. 超音波による骨格筋の評価 

超音波による骨格筋の評価は研究手法として一般的に使用されており、信頼性・妥当性があり、ベッドサイドで行うことができる評価方法です。

最近は超音波による評価が臨床的にも少しずつ行われるようになってきており、EuGMS sarcopenia groupによって超音波を用いたサルコペニアの評価についてのプロトコールが発表されました。

参考:超音波によるサルコペニアの評価
Application of ultrasound for muscle assessment in sarcopenia: towards standardized measurements. Perkisas S. 2018





6. サルコペニアのカットオフ値 

各種テストによるサルコペニアのカットオフ値は本文をご参照ください。

EWGSOPではカットオフ値を提示していませんでしたが、AWGSが2014年の論文でカットオフ値を示した際にサルコペニア対策を推奨・実施するうえで有用だったため、今回の改定で追加されたようです。

参考:AWGSによるサルコペニアの定義
Sarcopenia in Asia: consensus report of the Asian Working Group for Sarcopenia. Chen LK. 2014


7. サルコペニア診断のアルゴリズム 

サルコペニアの診断・重症度の評価を行うためのアルゴリズムが記載されいてるので、気になる方は本文をご参照ください。


8. サルコペニアの進行 

一般的に、生後の骨格筋量や筋力は成長とともに増加し、40歳までに最大レベルに到達し、その後は加齢とともに低下していきます。

50歳以降の下肢骨格筋量は1-2%/yearのペースで減少し、筋力は1.5-5%/yearのペースで低下していくことが報告されています。

また、出生時の体重と筋力の間にも関連があることが報告されています。


いかがでしたか。

今回の改定で筋力や骨格筋量の優先順位の変更、新たな評価項目の追加などが行われていますが、まだまだ分からないことだらけの分野なので、今後も定期的に改定があるのかなーと思っています。

改定があるというのは研究が蓄積されている証拠だと思うのですごくいいことなのかなと思います。

原著はフリーアクセスです。

PubMed:Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosis. Cruz-Jentoft AJ. 2018

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